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2月28日。
天正19年(1951年)のこの日、千利休がこの世を去りました。

後年の織田信長、そして豊臣秀吉に茶頭として使え、朝廷からは居士号を賜った利休は、政治にも軍事にもその影響力を高めていったと言われています。
そして京都大徳寺に山門を寄進した際、その山門上部に自らの木像を置いたことが時の将軍「豊臣秀吉」の逆鱗に触れ、切腹を命じられたとされています。

山門上部におかれた利休木像の下を秀吉自らが通るその構図は、利休の強大な影響力を無視できない秀吉にとって、最も許し難き光景であったのかも知れません。

その山門、滅多に立ち入ることはできませんが、茶道に専心していると稀にそんな機会に恵まれます。
写真は山門上部からの大徳寺の眺め。
利休木像は数百年の時を超え、今もそこにひっそりと佇んでいました。
まさに歴史が宿る場所。
茶道に関わる者にとっては感慨深い特別な場所です。

大徳寺山門よりの眺め

歴史の中で脈々と受け継がれてきた茶の道。
茶道を学び稽古を積むということは、その流れに身をあずけ、古き教えに心を浸す特別な体験でもあるのです。

利休命日は流派を問わず、千家の茶道に携わる私達には大変重要な一日です。
それでも茶道の歴史にとって、この日はひとつの「点」に過ぎません。
畳に座り、長く豊かで時に劇的な茶道の歴史を仲間と語り合う。
「歴史」という切り口も、私たちが茶道と向き合う素敵なきっかけを与えてくれます。


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